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2014年2月9日

人類は「いいね」を手に入れた。

今日は3つほど「いいね」しました。
こんにちは。

僕は一応、「いいね」と本当に思った時だけ押すようにしています。だから、晩酌のビールに「いいね」することはありません。例えばそれが結婚記念日で、奮発してちょっといいレストランで景色最高、アイラブユーフォーエバーってくらいならそれは「いいね」です。まぁこの場合、別にいいレストランじゃなくてもいいかもとか、なんとなく基準があります。

でも中には何でも「いいね」する人いますね。犬の散歩した。いいね!昼飯は蕎麦を食べました。いいね!・・・いや、それが良いとか悪いとかではなく、こんなふうに「いいね」ポリシーは人それぞれ、清き一票には各々に重さがあるわけです。

ところで、この21世紀の人類が手にした新しいコミュニケーション「いいね」は、極めて手軽に、同意・承認・善意を届ける手段として瞬く間に浸透しました。
「最近どう?へぇ、そうなんだ、ふーん。なるほど、それはいいね。」と、それまでは対面で面倒だった作業がボタンひとつでできるようになりました。どんな人とでも、「いいね」という細いつながりを持つことができる。物理的、精神的障壁から今まで埋められなかったコミュニケーションの隙間を、いとも簡単に埋めることができるこの発明。あまりにも簡単な機能であるが故に見過ごされそうですが、実は人類にとってものすごく重要な道具なのではと思います。

LINEのヒット要因の一つは、スタンプという概念で「押すだけ」に表現の幅を持たせたことでした。「いいね」黎明期の今、この辺のUX提供が今後のSNSの方向性のキモになることは間違いなさそうですね。

2014年1月9日

HONDAのユルいVineの企業アカウントがいい感じ


ゆりかもめの乗客に対する挑発的な広告も記憶に新しいホンダさん。好きです。僕は車に乗りませんが、好きです。ああいうのまた、お願いします。

そんなホンダさんはマイクロ動画アプリ「Vine」でもアカウントをお持ちで、こちらでも積極的に情報を発信しているようです。上の動画は同社が誇るロボットAsimoのぬいぐるみを使った手作り感満タンのストップモーションです。この手作り感がほっこりしていて良いですね。変に作りこまないほうがユーザーとより近い距離にいる感じがします。


考えてみれば企業発信のものってお金、手間がかかって当たり前みたいなところがあると思います。綺麗なCGや写真使って、バッチリ構図をきめて、どうだっ!ていうコピーがつく。そうやって、「襟を正している感じ」にしている。

そういう当たり前の中で、こういう力の抜けたコンテンツを受け取ると、すごく親近感が強調される気がします。たぶん、運用コストからくる結果論でもあるんでしょうけど。企業アカウントで、運用担当者の「人」や「作業」みたいなものを感じ取れるのはとても良いことだと思います。(代理店の人かもしれんけど)

2014年1月7日

LINEのタイムラインについて



Facebookオワタみたいな話があって、それを受けてFacebookにもこんな利用シーンもあって使い分け要素あるぜよ、っていう話をこないだしました。SNSっていう広い括りで、どこが生き残るっていうのはちょっと性急というか。

その、こないだの話を一言で書くと、
Facebookでの集団ポストのノリはLINEにはない楽しさがある、ということです。

集団ポストっていうのは僕が勝手に言ってるだけですが、要は人物タグ付けによって所有者が複数になった投稿ポストのことです。
個人の投稿ポストはちょっとハードル高いって思う人も、誰にタグ付けされる相乗りポストだと、責任の所在が曖昧になって安心なんですよね。レスを返すストレスも少ないし。そこにリアルタイムに外野が入ってくる楽しさはFacebookならではのものだなぁと。そういう話です。


さて、ここから本題です。
じゃあ、その楽しさって、LINEで生まれるだろうか、と。

LINEにもある、タイムライン。認知はまだまだ浅く存在感が薄いですね。でも機能上は、公開範囲の設定ができたりする。FacebookやGoogle+と大体同じプライバシー機能があるのです。




で、現状LINEにおいては、この公開範囲設定はあんまり意味がない。特定の相手だけに見せたい情報なら、今なら「トーク」を選ぶからです。でも今後、LINEがタイムラインで何らか新しいユーザー体験を打ち出してきたとしたら。それが受け入れられたとしたら。その流れも変わってくるんじゃないでしょうか。


ここから先は僕の妄想ですが、LINEにはいずれ、Twitter的な「今何してる?」テキストボックスが出現するんじゃないかと思っています。「トーク」と「タイムライン」のUIを統合していく方向性。この2つの違いって、要は応答を求めるか、(そんなに)求めないか、じゃないですか。で、「今何してる?」からのポストには、人物タグ付け機能が付く(今は無いですね)。チェックインもできる(これは今でも可能)。そしたらFacebookにだいぶ近づきます。近づくけど、Facebookとはまた違った楽しい集団ポスト体験になりそうです。

当たったら褒めてください。

2014年1月5日

Foursquareの「おかえりなさい」コミュニケーションについて



Foursquareから「おかえりなさい」メールがきた。
ご旅行って・・いや、ただの帰省なのだけど。

仕組みとしては多分、チェックイン履歴から生活圏を特定して、そこから離れた場所で一定数のチェックインがされると「旅行した」とみなす、ということなのでしょう。

強引っちゃあ強引なのですが、こっちもロボットコミュニケーションだって承知しているから、細かいところは気にならない。むしろ、遠方でチェックインしたことを感知して、「おかえりなさい」って送ってくる距離感がなんだか面白いなぁと思った次第です。


たぶん、こういう自動コミュニケーションって増えていくんでしょうね。SNSでの発言や行動履歴の蓄積からユーザーに自動アプローチするサービス。そもそも「なんだか行動が読み取られてるようで気持ち悪い」っていうっていう人は最初からサービスを使わないし、ユーザーに対しては、むしろどれだけ気の利いた情報サービスが提供できるか、みたいな部分がこれからはフォーカスされるんじゃないかなぁ。

個人的にGoogle+はこれからおもしろくなっていくような気がしているので、去年より積極的に情報をアップしています。

2013年12月31日

同窓会とFacebook



2013年もいよいよ大晦日となりました。
今年1年ありがとうございました。
こうやってブログというものを通して「誰か」に向けてご挨拶ができることが新鮮でうれしい、そんな気分です。来年もどうぞよろしくお願いいたします。


さて先ほど学生時代の友人2人と数年ぶりの再会を果たしてきました。「あの頃の俺たち」となんら変わらない距離感。顔を合わせると反射的に当時の自分が戻ってくるような感じがします。

さて、バカ話も後半に入ってきたころ。仲間の一人がスマホを取り出しました。
Facebookでチェックインとかしています。
で、ついでにメンバーがタグ付けとかされるわけですね。

ここから先が、普段どちらかというと煙たい(めんどくさい)存在のFacebookが面白いなーと感じる一面だったりします。

チェックインのポストに対して、しばらくすると、オンラインの同級生が「いいね」で反応し始める。こちらも続けて、その時に出ていた話題をコメントで入れる。誰かがそれにレスを入れて・・・。そんな風にして、Facebook上でちいさな同窓会が展開されていくんですね。若干のめんどくささも感じつつ、次々と入るコメントの応酬が面白く、局地的に発生した奇妙な「ノリ」がちょっと楽しくなってくる。ラジオのDJみたいな感覚でしょうか。届いたFaxを読み上げながら投稿者とコミュニケーションするような、そんな感じ。

これは、クローズドなメッセージアプリでは起きない現象ですよね。こういうふうに、状況を開けっぴろげにして、緩くウェルカムな体制を敷くことができるのは、アカウントの網羅性と、タイムラインをメインフィールドにしているFacebookならでは。現状、こういうことはLINEじゃできない。明確に「使い分け」が起きるポイントになります。

LINEにも同じ“タイムライン”は用意されてますが、このような「場」としての期待値はまだ高くないように思います。LINEが今後、この辺のUXをどのように改善していくかは注目しているところです。


今後、SNS界隈がどのような勢力図になっていくかはわかりませんが、こんなFacebookの一面を見ていると「Facebook終わった」感は薄れてくるようにも思うのです。

2013年12月26日

年の瀬、あったらいいなと思う「ガラガラポン」Webサービス


さて、クリスマスも終わって飾り付けの撤去と新年の準備がはじまりましたね。この、大晦日までのエア・ポケットの様な惰性の時間が、実はまったりとしていて割りと好きだったりします。

そんな中で、「今年一年の振り返り」をする人も多いでしょう。年初あたりのイベントだと、あー、これって今年だったのか、とか。GoogleカレンダーなんかをパラパラめくったりFacebookのタイムラインを遡ったりすると、自分の1年の輪郭がなんとなく見えてきます。

こういうライフイベントの振り返り、「1年の俯瞰」って、そろそろボタンひとつでできるはずですよね。マメにライフログをポストしていれば、訪れた場所、参加したイベント、撮った写真、いろんなものが残っているはず。それを機械的に読み込んで、重要度を自動判別、綺麗にデザインして製本して届けてくれる・・・なんていうSNSと連携したサービス。いつかTolotさんあたりが500円でやってくれるんじゃないかと僕は根拠の無い期待をしています。

こういう、「ボタンひとつで自動的にナントカ」サービスは、今後盛り上がってくるんじゃないかなー。SNS側が独自ではじめるか、あるいは情報開示(API提供?)をサードパーティ利用したサービスかはわかりませんが。Google+の写真自動アレンジ機能を見ていると、そろそろGoogleあたりが・・・なんて期待しちゃったりします。

ビッグデータ解析力って、ライフイベントの重要度判断なんかにも導入すれば、たとえば上に書いた「1年の俯瞰」製本サービスにしても、情報の取捨選択や、レイアウト上の扱いに強弱が付けられるなど、かなり満足度の高いものが期待できるんじゃないでしょうか。

ウェアラブルデバイスで取得したフィジカル情報も絡めたら面白いですよね。心拍とか体温なんかを年中モニタしていれば、「今年一番ドキドキした瞬間」なんてこともできるのでは。


「ボタンひとつで」系だと、ビッグデータまではいきませんがFacebookだと診断系なんかは人気がありますね。よくタイムラインに流れてきます。僕はやらないですが。Instagram界隈だと、撮った写真をパネルにしてくれたりマグネットに変えてくれるサービスがあったりしますね。自作のInstagram写真をパネル販売できたりする「Instacanvas」なんていう凝ったサービスもあるし。

分析というところでは、同じくInstagram系の「Statigram(スタティグラム)」がかなり良い線いってます。フォロワーとの関係を中心に、公式サービスにない部分の数値を可視化していて興味深いです。冒頭の写真は多く「いいね」された写真をタイル状にまとめて画像化してくれるサービスで、下の動画はムービー版。多く「いいね」された写真のランキングムービーのような形になっています。




たぶん、人は「ガラガラポン」が好きです。
ボタンを押して、ブラックボックスの中で色々と仕組みが動いて、何かが出てくる。自分のライフログ解析なんてのが絡んでくれば、どのように料理されるのかというのも興味が湧きますし。

というわけで、年の瀬にそんな振り返り本が自宅に届いたら素敵だなぁと思ったのでした。

2013年12月22日

「シェアされるコンテンツ」について

先日「ゼロ・グラビティ」を観にいってきたのですが、そのスピンオフムービーが話題になっていることに今さら気づきました。

個人的な感覚では、ネタバレというレベルのものではないので、まだ映画を観ていない人にもお勧めできるものです。一切情報を入れずに観たいという方には薦めませんが、それ以外は是非どうぞ。





スピンオフ、いわゆる派生物・副産物という位置づけになるわけですが、僕はなんだかこれが「SNS時代の理想的なスピンオフの形」なんじゃないかなーと思いました。

以下、さらに書きますが、ネタバレ要素は無いと思っています。
(が、気にする方はどうぞスルーを。)


この、「Aningaaq(アニンガ)」と題されたスピンオフは、本編の内容をベースに、その視点だけを変えたものです。映画の宣伝ではあるものの、いわゆる予告編的なチラ見せではなくて、本編と相互補完的に存在して映画の世界観を広げる役割を持っています。

とはいえスピンオフの方は6分50秒しかなく、あくまで本編ありきの内容ですから、これを映画鑑賞前の観客に観せること自体(動員数に与える影響として)あまり意味はないでしょう。このスピンオフムービーの役目は、鑑賞後の観客に「教えたくなる」衝動を喚起することだと思います。

本編鑑賞後、このスピンオフを観たあとに残るのはちょっとしたカタルシスです。感動というよりは、「あー、そういうことだったのね」と最後のパズルのピースが見つかったような。これは、シェアしたくなる大きな要素ではないでしょうか。鑑賞した人から、同じく鑑賞した人へ。少なくともこれは、予告編とは異なる圏域でのシェア・ムーブメントのはずです。観た人の間でのシェアとはいえ、「話題」という形で未鑑賞の人にポジティブに伝わるのは想像に難くありません。

この場面で用いられている「一方の状況が見えないシチュエーション」。これがスピンオフムービーのシェア・パワーです。人の想像力を遊ばせて、うまく行動に変換させている良い一例だな、と思いました。


てことで、「シェアされるコンテンツ」のヒントをもらった気になったのでした。


ゼロ・グラビティ観てきた。「職場」としての宇宙。

2013年12月18日

バーティカル化の、その先。



バーティカルメディアについて長々書きましたが、たくさんの人に読んでもらったみたいなので、懲りずに書き続けます。

さて、前回の記事の最後でこのような表現をしてみました。


情報の海に、文化を持つ小さな島ができ、
そこに港ができ、互いに船が行き来する。


ネット空間はもはや、広さも底もわからない、母なる海状態です。しかし「バーティカルメディア」による情報の集約作用は、目に見える「島」となって人を集めます。

今のバーティカル化の流れは、活発な火山活動で次々と新島が生まれている状態、といえるかもしれません。やがて「島」には、同じ人種が集まり、情報を持ち寄り、それを基に語り合い、考えを共有していく。やがて生産活動が始まり、そして文化を形成していく・・・

現在の状況を薄目でみて、油絵の具で殴り書きすると、僕にはそんなイメージです。

では、港は?船の往来とは?

ここは、僕が勝手に描き足したところです。
島なんだから、港がなきゃ。
港があれば船もあるわけです。


たくさん島ができれば似たような島も増えてきます。
お互い文化を持ってるから牽制したりしてるんだけど、例えば互いの島長みたいな人が理解しあって、交流が始まったら・・・。港と船が必要ですよね?

或いはパラオ共和国のように複数の島々で構成された「諸島」で考えると、自由な往来が前提にあっても良さそうです。僕はこの「諸島」がネットに生まれないかなぁ・・・と思っています。島同士の交流を前提にした、バーティカルメディア・コミュニケーションプラットフォーム。

「じげん」という会社のバーティカルメディアは今のところ、中で島の重複が生まれないので、ちょっとイメージが違います。どっちかというとSNSプラットフォームのRevolverの方が近いですね。でも中のメディアやSNSはそれぞれ独立したつくり。例えばこれがSNS単位で相互に交流できたり、或いは融合したりできたら面白いだろうなぁ。中の人はもう考えてたりするのかな。

古代ローマが領土拡大をしながら、様々な文化の融合が起きたように、島同士の交流の先には新しい何かを生み出す力があると思うんですね。そういう歴史の再現がネットで起きたりしないかなーどうかなー。できれば日本発で。実はもうある?


今日も長い妄想に付き合ってくれてありがとうございました。

2013年12月11日

リアルクラスタの可視化について

クラスタ。

この言葉、未だ僕にはハードディスクの情報保持単位的なイメージがあります。
新手の住宅ポータルサイトみたいでもあるね。


クラスタは、ある集団、
何らかの意味付けがされる複数の集まりを指しますが、
それを人に持ち込んで言えば、「共通の目的や趣味を持つ集団」
てことになります。

わざわざ気取った英単語で言われるようになったのは、
昨今の人間関係のデジタル可視化の影響でしょう。
ビオトープ、なんて表現もありますね。


最近、セルフ・オンラインコミュニティを提供しているリボルバー社
一般ユーザーにコミュニティ開設の道を開放しました。

ネットのコミュニティ機能なんて今さら、に見えますが、
独自ドメインを持つことをはじめ、管理者とユーザーの権限のあり方や
簡易に課金サービスが導入できたりするなど、
多様な機能を持っているのが、単なる仲良し掲示板と異なるところです。

これは、どんな小さなクラスタであっても、
その関係性や活動内容を可視化、共有するという流れです。
SNSの盛り上がりぶりと、そこに見える「疲れ」を見て取ると
もっと「閉じた」関係性をSNS化していくのは、
ごく自然な展開のようにも見えます。

「パブリックすぎる」Facebookを離れて、
趣味趣向を同じくするクラスタで集まり、お互いを確認し合う。
その中でサービスを提供し合い、支えあっていく。
リボルバー社のサービス展開は、
リアルクラスタのWebにおける可視化、
仕組み化の序章といったところかもしれません。


で、僕がいつも思うのは、
いつもそういうハードとしての「仕組み」はできるのだけど、
なかなかソフトが追いつかないんだよなーということ。

クラスタ単位でそういう仕組みを利用するということは、
誰かがイニシアチブを握らなきゃいけないわけで。
もちろん、積極的な幹事役が居ればいいのですが、
日本人って、ほら、「どうぞどうぞ」のダチョウ倶楽部じゃないですか。

だから、無数のクラスタのうち、
実際、そういうインフラを活用できるのって限られるのかもなぁと
思ったりするんです。
リテラシーの壁もあったりするし。

この仕組み化は、いずれはコモディティ化して
誰もが空気のように使うものになるかもしれない。
でも、ネットそのものが未だ黎明期とも取れる現在にあっては、
作るばっかりじゃなくて、「どう使うか」という議論や啓蒙も
しなくちゃいけないんじゃないかなぁと。


まぁ、ネットなんて無くても幸せ、なら以上終了なんですけど、
ネット要らね、とネット単位で全部切り捨てるのではなくてね。
道具は使いよう、ですから。


ウェブはグループで進化するウェブはグループで進化する
ポール・アダムス 小林 啓倫

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2013年9月4日

パズドラと、ポコパンと、そして「ドラゴンクエスト モンスターパレード」


9月2日からYahooからドラクエができるようになった。
もう、わけわかんないです。なんですか。Yahooからドラクエって。

「ドラゴンクエスト モンスターパレード」。
ドラクエのスピンアウト版てとこかな。最近まったくご無沙汰だったので空気が読めていない。
いよいよスクエアエニックス社も群雄割拠のゲーム業界において勝負をかけてきたか。そしてその舞台をブラウザゲームに持ってきたのは正しい判断だったのか。けっこうチャレンジなんだろな。

さて、やるだけなら無料ということで早速触ってみました。
プレイ時間まだ3時間だけど、思ったことを端的に述べると、

(1)「重い」
(2)「退屈」
(3)「分類:パズドラ・ポコパン系」

(1)は、自分のマシンの問題が多分にあるかな・・・
なんせ5年前のMacbookなもので。
でももうちょっと軽くないと。ポインタ移動がカクカクして辛かった。

(2)とにかくテンポが悪い。動作の重さも手伝って、戦闘アクションに待ちが多いし、操作できることも少ない。戦闘がほぼオートで完結してしまうのは、良いことのようで、プレイヤーを傍観者にしてしまうと思う。あんまり退屈なんで、戦闘がはじまるとネットサーフィンしてしまう始末。プレイ環境考えて開発したんだろうか。

(3)ドラクエがこの2つと同系列と思ったのは次の共通要素からです。

コンコルド効果とズル訴求

・・・いやソーシャルゲームってみんなこんな感じですよと言われたら、とんだあたりまえ体操を繰り広げているわけですが・・・。

つまり、育てる×集めるという行為の継続が「途中でやめたらもったいない」と思ってしまう(=コンコルド効果)心理作用を持っていること。まぁこれは多くのゲームに言えることかも。でも、無課金で遊べるゲームにおいては、ここが強力じゃないと課金ユーザーに育ってくれません。

もう一つ「ズル訴求」。
待ったり、貯めたりコツコツやれば無課金で済むけど、早く進めたかったら銭で解決できまっせっていう無言の営業が終始行われる点。

そして、この仕組みは、無課金ユーザーを「安心してゲーム勤務させる」効果があるように思う。

無課金ユーザーは、課金ユーザーよりも多くの時間を「反復作業」に投下することで無課金を貫くことができる。ゲームの中で面倒な反復をすることで、本来なら有料の「楽しくなれる果実」が手に入る。そしてプレイが長引くほど、早く先が知りたくて「課金したくてウズウズする」。で、「イヤ!俺は無課金主義!」とか思わせて、どんどん働かせる。当人は働いてるんだから、無駄なことをしているとは思わなくなってきたりする。そうして、ゲームしてる怠惰な自分を正当化させ、安心してゲームできるようにしているのだ。
デバイスがスマホの場合、その時間は多くの場合「スキマ時間」であることが安心効果に拍車をかける。


ドラクエは他の2ゲームに比べストーリー性が加わっていて、無料で楽しめる要素が多い。無駄にお色気まであった。かなりDisり気味に書いてしまったが、モンスターが仲間になったりレベルが上ったり、それが戦力としてきちんと可視化されているのは面白いと思えた。もともと熱狂的にドラクエをやってきた世代でもあります。しかしそれにしても退屈!

当方が勝手に、かつ強引に3つを同カテゴライズして比べているから当然といえば当然だが、移り気なPCユーザーにどこまで我慢してもらえるかがポイントになるだろう。ドラクエファンのロイヤルティも試されてたりして。「ドラクエファンなら黙っても課金する筈だ!

2013年7月10日

ネットの「止まり木」



ここしばらく、Facebookにアクセスすることが少なくなった気がする。
世に言う、「Facebook疲れ」、だろうか。


人は、一人じゃ生きられない社会性のある生き物だけれど、
本質的欲求として人と関わりたいんじゃない。
この世で最もかわいいのは自分である。

これは先日、人間中心設計推進機構主催の講演で、
山上俊彦氏が語った言葉だ。

人間が、最も気持ち良いと思うこと。
それは、
自分がやったことを、リアルタイムに、
ポジティブに反応してくれることである。

長くシステム系の会社でサービス開発に携わってきた同氏は、
昨今のソーシャルゲーム隆盛を挙げ、このように語った。
自己を他者に認めさせる欲求が、社会性という全体を形作っている、
と言っていいだろう。

Facebookにはあまりにも無作為に人が居る。
その無作為さに同調しようと試みて知らぬ間に使う筋肉が、
いつの間にか悲鳴を上げる。


Facebookの止まり木を飛び去った後、
どこに止まれば良いのか?

LINEは、One to Oneコミュニケーションにおける止まり木。
Google+は、コミュニティ機能が使いやすく、最近注目している。
Pinterestは、人ではなく「ピンボード」という単位でフォローが可能で、
趣味趣向というレイヤーでのつながりを加速させる萌芽のように見える。

・・・が、どうしてだろう。なんだか背中が痒いのである。
どのサービスも今ひとつ、そこに手が届いていない気がするのだ。

一昔前は考えもしなかった、ネット上における実名での繋がり。
Facebookが起こしたイノベーションで、
新しいネットコミュニケーションの到来を感じ、さあ何が起こる?
そう期待してしばらく経ち、そして疲れてしまった。

ネットで人と人が繋がり得る、という大きな期待感と、
現実とのギャップ。まだ何かできるんじゃないだろうか。

などと思っていた矢先、佐々木俊尚氏がこんなツイート。


リボルバーは独自のソーシャルプラットフォーム開発している
日本のベンチャーである。少し前に知ってすごく興味を持っていた。
オウンドSNS。
これほど背中に届きそうな孫の手があるだろうか?


以下は小川浩氏の深夜のツイートである。



止まり木が、
無いなら作ろ
ホトトギス


期待してます。