アンコール遺跡群は言ってみれば1000年近く雨ざらしの宗教彫刻建築である。1000年前の彫刻というと、日本ではふつう、「お役目御免」とばかりに博物館に移されてうやうやしくショーケースで厳重な管理下に置かれ大事にされるシロモノのはずである。しかしここは現役バリバリというか、自然の前になすがままの姿を晒して、そこに生きる人々と共に、寄り添うように佇んでいるのが最大の特徴であり魅力だと思う。
アンコールといえばワットであり、トムであり、悠久の時を重ねた超ビッグ遺跡なので見応え充分であることに間違いない。でもあまりに広大巨大で、近くにあるのに遠くのものを見ている気分になった。捉えどころがなく「これ」とビジュアル想起するのは巨大な石の顔だったり、靄に霞むファサードだったりする。
もうちょいコンパクトに「遺跡に行った」と感じることができたのが「バンテアイ・サムレ(Banteay Samré)」だ。親玉アンコールワットの東側、だいたい車で20分くらい走ったところにある。
スーリヤヴァルマン2世が12世紀中頃にヒンドゥー云々の説明は受験生以外には不要だろう。聞いた途端に一瞬で頭からすり抜けてしまう揮発性の高い古代の王の名はわすれて、「1000年位前の偉い人が作った建物」程度の知識で良い。その佇まい、匂い、温度によって、1000年の時の澱に飲み込まれ、それどころではなくなるから。
生えてる草の感じも、遺跡物件としてプラス評価。 |
アンコールワットよりかなり混み入った造り |
「小アンコールワット」と言われるのはもっともな感じで、本当にワットをギュッと、コンパクトにした造りだ。肉薄する濃縮還元された歴史の重みみたいなものが「俺、遺跡に足踏み入れた」という感慨をより一層強いものにする。
もはや自然物の一部のようになったこの場所も、かつて多くの人の手によって作られ、美しく整えられ、聖者が静かに回廊を歩き、神聖な儀式を行い、現在と同じように幸せを願っていた。細かいことは知らないけど、それを肌で感じる。
装飾や神々の姿が隅々まで彫り込まれており、経過した時間以上に、作るのに要した時間や労力に思いが及んでいく。当時の職人たちも、そうすることが正しいことだと信じていたから、ひたすら、ただひたすら彫り続けて、幸せになろうとしたのである。
時を移して現在、人間は今も、リアルにバーチャルに、複雑怪奇なものを作り続けているけれど、んー、なんかやってること、同じじゃない?と思ってしまった。1000年後は一つも残ってなさそうだけどね。
バンテアイ・キャッツ |